東京高等裁判所 昭和31年(う)1484号 判決
被告人 能登富五郎
〔抄 録〕
弁護人控訴趣意中事実誤認の主張(一、二)について。
然し乍ら、本件記録を精査し、原判決を仔細に検討勘案するも、原判示事実は、原判決挙示の証拠により優にこれを証明することができ、所論に鑑み且つ当審における事実取調の結果に徴するも、原判決にはいささかも事実誤認の違法は存しない。所論は原判示第五(第六の誤記)の事実によれば、被告人は小切手の額面「金弐千六百円」を「金五百万弐千六百円」に変造した旨の事実を認定しているのであるが、右小切手の金額欄には「金弐千六百円也」と記載の左隣に「金五百万円」と重複した記載があり、且つその下欄には数字を以つて「¥5,002,600」と記載してある事実を認めることができる。而して小切手法によれば小切手の金額を文字及び数字を以て記載した場合に金額に差異あるときは文字を以て記載した金額を小切手金額とし(小切手法第九条第一項)又小切手の金額を文字を以て又は数字を以て重複して記載した場合に於てその金額に差異あるときは最小の金額を以て小切手金額とする(同条第二項)こととなつている、然らば右小切手の額面は文字を以て記載した最小金額である金弐千六百円であつて、五百万弐千六百円に変更せられたものと認めることはできないのである。即ち被告人の右行為は変造の未遂であつて到底その既遂は認められないと信ずる。然るに被告人に対し変造既遂の事実を認定しているのは事実を誤認したものであるとの旨主張するのであるが、抑も小切手の変造とは、小切手に記載された手形金額等手形の文言を変更の権限のない者において変更することを謂い。苟くも小切手に記載された手形の文言に変更を与えた場合は変造の既遂を以て論ずべく其の変更されたる記載が法律上有効なりや否やは毫も違法の既遂たるに支障なきものと解すべきを相当とする。従つて原判示第六、によれば被告人は小切手を変造して行使し割引名下に金員を騙取しようと企て行使の目的を以て擅に株式会社三菱銀行横浜支店長森藤一振出金額二千六百円の送金小切手一通の金額欄中「金弐千六百円也」と記載してある左隣に「金五百万円也」と印字機で記載した上更にその下に印字機で「¥5,002,600.00」と記載し以て額面五百万二千六百円の小切手の如く変造したと謂うにあるを以て、固より変造罪の既遂を以て論ずべきは当然であつて原判決には毫も違法の廉あることなく所論は独自の見解であつて到底採用し難く、論旨はその理由がない
(工藤 草間 渡辺好)